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大阪地方裁判所 昭和39年(ヨ)754号 決定

申請人

村山長挙

申請人

村山於藤

右代理人弁護士

勝山内匠

荻野益三郎

小倉慶治

大島知行

被申請人

横田武夫

ほか三名

補助参加人

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

広岡知男

右被申請人四名及び補助参加人代理人

弁護士

佐生英吉

毛受信雄

山根篤

吉川大二郎

竹内誠

右弁護士佐生英吉復代理人弁護士

横山勝彦

右弁護士吉川大二郎復代理人弁護士

原井龍一郎

竹林節治

主文

本件仮処分申請はいずれも之を却下する。

申請費用は申請人両名の負担とする。

事実

第一、申請の趣旨

一、被申請人福田勇一郎、同横田武夫につき、同被申請人等の大阪市北区中之島三丁目三番地に本店を有する株式会社朝日新聞社の取締役及び代表取締役としての職務の執行を停止する。

二、被申請人矢島八洲夫、同安井桂三郎につき、同被申請人等の右株式会社朝日新聞社の取締役としての職務の執行を停止する。

との裁判を求める。

第二、申請の趣旨に対する答弁

主文同旨の裁判を求める。

第三、当事者間に争の無い事実

(一)  株式会社朝日新聞社(以下単に会社と称する)は大阪市北区中之島三丁目三番地に本店を置き、故村山龍平、同上野理一の創業の精神に基いて、新聞の公器性を堅持、高揚しつつ、その国家的使命を達成するため、日刊新聞の発行並に之に附帯する事業を営むことを目的とし、大正八年七月三一日設立された資本の額金弐償八千万円の株式会社で、「朝日新聞」等を発行する新聞社である。

(二)  申請人村山長挙は会社定款に定められている社主であり、かつ取締役であつて、会社の株式三三万六八八八株を所有し、申請人村山於藤は申請人村山長挙の妻であり、会社株式三一万六八八八株を所有し、いずれも株主名簿にその旨登載されているものである。

(三)  会社は定款により、取締役一七名以内、代表取締役若干名を置くことができるとしている。

昭和三八年一二月二四日開催の定時株主総会終了直前現在時に於ける取締役及び代表取締役は次の通りであつた。

代表取締役(社長)村山 長挙

代表取締役(会長)上野 精一

取 締 役    永井 大三

同        矢島八洲夫

同        益田 豊彦

同        横田 武夫

同        広岡 知男

同        福田勇一郎

同        谷口 貞固

同        吉村 正夫

同        進藤 次郎

同        中川 英造

同        木村 照彦

同        君島  冽

同        安井桂三郎

同        磯野  清

同        茂木  政

右取締役一七名のうち村山長挙、上野精一、永井大三、矢島八洲夫、横田武夫、吉村正夫、安井桂三郎の七名は任期満了につき、右株主総会に於て左の七名が取締役として選任された。

取締役  村山 長挙(再選)

同    上野 精一(再選)

同    矢島八洲夫(再選)

同    横田 武夫(再選)

同    吉村 正夫(再選)

同    安井桂三郎(再選)

同    万木英一郎(新選)

右株主総会に於て取締役永井大三は再選されず、同人は任期満了により取締役を退任した。

(四)  右株主総会に於ける前記取締役選任決議を不満とする被申請人矢島八洲夫、同横田武夫、同安井桂三郎の三名は右株主総会の席上、取締役就任の諾否を保留する旨の発言を行い、同株主総会終了後、被申請人矢島八洲夫、同横田武夫の両名は即日、被申請人安井桂三郎は翌二五日、いずれも取締役を辞任したい旨の辞任願と題する書面を代表取締役社長村山長挙に提出した。

而して会社は同月二七日付登記を以て、被申請人矢島八洲夫、同横田武夫、同安井桂三郎の三名は同月二四日取締役を退任した旨の登記を了し、昭和三九年一月九日付朝日新聞並に日本の主要新聞紙上にその旨公表された。

(五)  一方任期中の取締役であつた被申請人福田勇一郎、及び取下前の被申請人中川英造の両名は前記株主総会の取締役選任決議を不満として、昭和三八年一二月二五日代表取締役社長村山長挙に対し、取締役を辞任したい旨の辞任願と題する書面を提出した。

而して会社は昭和三九年一月八日付登記を以て、右両名につき取締役辞任の登記を了し、同月九日朝日新聞並びに日本の主要新聞紙上にその旨公表された。

その後同月二〇日開催の取締役会に於て、代表取締役社長村山長挙が代表取締役を解任され、代表取締役会長上野精一が代表取締役を辞任し、新に広岡知男、進藤次郎の両名が代表取締役に選任せられて就任し、次で会社は被申請人矢島八洲夫、同横田武夫、同安井桂三郎の三名については、同日開催の取締役会に於て取締役退任手続が否認されたとし、登記申請に当つては右三名とも同月二二日取締役就任を承諾したとして同月二五日取締役就任の登記をなした。

又会社は被申請人福田勇一郎、及び右中川英造の両名については、前記取締役会に於て、取締役辞任発令の手続が否認されたとして、さきになされた両名の辞任登記は錯誤に基くとの理由のもとに同月二七日付を以て取締役復活更正登記をなし、さらに同月三〇日開催の取締役会に於て、被申請人福田勇一郎、同横田武夫を代表取締役に選任し、同年二月七日その旨の登記を了した。

第四、以上の争の無い事実に基く本件仮処分申請の理由

被申請人四名は前述のとおり、辞任願を提出したことにより確定的に辞任の意思を表示し、その地位を喪失したに拘らずその後代表取締役の異動を見るや、無法にも取締役の地位に復帰することを工作したのであつて、もとより許されるところではない。

朝日新聞社は正確、公正な報道と進歩的にして中正な評論を行い、社会的にも高い評価を受けていることを自負するものであるが、さればこそその会社自体の構成と運営においていささかも法律上非法の存するが如きは絶対に許さるべきでないと信ずる。然るに叙上の如く会社の取締役中四名の者が実は法律上取締役でないに拘らず取締役の職務を執行しているという異常の現実が存するのである。

このまま放置せんか、これら四名が参加する取締役会の決議は無効となる虞れが多分にあり、またこれら非取締役が取締役又は代表取締役として行う数々の行為についても法律上その効果が否認されるということになると、よつて蒙る回復すべからざる損失、ひいては社会的信用の失墜等その影響の重大なることは論をまたぬ。殊に高い社会的信用と大きな影響力を持つ朝日新聞社に於て会社自体のかかる非法状態を黙過するが如きは、それ自身一つの大きな社会問題であるといつても過言でないと信ずる。されば、会社の叙上の法的ひずみを匡し、現実に発生しつつある図り知れない損失を防止することは正に焦眉の急を要する。

申請人は本件被申請人四名の取締役資格不存在確認の訴を提起すべく準備中であるが、事案の性質上一日の遷延も許されない状態にあるので、急ぎ本申請に及ぶ次第である。

第五、右第四の主張に対する被申請人等の認否及び主張

(一)  申請人等の右主張事実中朝日新聞社が正確公正な報道と進歩的にして中正な評論を行い、社会的にも高い評価を受けていることを自負する事実は認めるが、その余はすべて否認する。

(二)  朝日新聞社はその創始者故村山龍平、上野理一両名の栄誉を永く記念するため、同社定款を以て両家の相続者を社主として推戴する旨を定めているのであるが、申請人等は社主の地位に加えて同家一族が同社発行済株式総数の四〇・二%を占める大株主の地位を有することから、同社を自己の私物化する言動多く、その経営、編集、人事にまで直接間接に介入する行動が多かつた。而して今日の紛争の直接の原因は申請人等が前常務取締役東京本社業務局長永井大三を退任せしめたことに在り、その経過は次のとおりである。

(三)  昭和三八年秋頃から社内に人事に関する種々の噂が流れて不安定な状況にあつたので、同年一一月二九日開催の取締役会において同年一二月二四日開催予定の第八九回定時株主総会終結の時を以て任期満了となる七取締役二監査役の人選に付慎重審議の上、村山社長上野会長の話し合いによつて結論を出すことに一決し、両名の話し合いの結果右総会において役員の異動は一切行わないとの結論に達し、之に基いて取締役会もその旨の決議をした。更に同年一二月二三日の取締役会においても右の方針を再確認し、同日欠席の村山社長も後でこの趣旨を了承した。

(四)  ところが右株主総会開会の直前に、永井常務取締役は村山社長から取締役辞任の意思の有無を問われたが、その意思のないことを答えた。

そして、開会後第三及び第四号議案として、取締役及び監査役任期満了のため選任の件が一括上程されると、一株主から「選任は、選挙の手続を省き、候補者の選考を取締役会に一任したい」との動議がなされ、出席株主の多数はこれに賛成したが、他の一株主から、投票によるべきであるとの動機がなされた。この動議に対し、株主の多数から、投票によることは朝日新聞社としては異例に属し、取締役会の不信任を意味するものであること、同社に於ては株主総会であつても編集権に介入することは許されないとする定款第二二条の趣旨より人事も極めて慎重に取扱われてきたこと、候補者の説明もなされずに投票することは不適当であること等を理由として、提案理由の説明を求め、また、投票によるにしても、その可否をまず採決すべきであるとの発言もあつたが、これらについては何等の説明も採決もなされずに、村山議長は投票を強行した。

その結果、永井大三は落選し、さきに二回の取締役会で決議された趣旨と異なる結果となつた。

(五)  被申請人矢島、横田、安井の三名がこの総会の議場において取締役就任の諾否を留保し、次で被申請人四名及び取下前被申請人中川英造が夫々辞任願なる文書を提出したのは、いずれも即時確定的に退任の効力発生を望んだものではなく、総会前の取締役会決議に反する総会決議を導いた全責任が村山社長にあるので、之を不満とし、同人が取締役会の諒解事項を無視したことに付ての反省と事態の収拾を求め、五名の進退を取締役会の決定に任せたものであつて、このことは次の各事実からも明白である。

(イ)  朝日新聞社では、事業の公共的特殊性に鑑み、従来取締役の選任及び辞任願の受理不受理については、取締役会規定第八条第八号の「重要な人事に関する事項」、九号の「その他重要な事項」の規定に基づき、取締役会が必ずこれを審議決定し、代表取締役はこの取締役会の決定に従つて執行する慣行が存し、これに従つて、申請人村山長挙も従来処理していたこと〔最近では、信夫韓一郎(当時専務取締役)、笠信太郎(当時常務取締役論説主幹)及び小田中幸三郎(当時当締役)の辞任の場合も、この慣行に従つて、取締役会の決定によつて処理されている〕。

(ロ)  前記株主総会の議場に於て、被申請人矢島、横田、安井の三名は、村山家が朝日新聞社八五年の伝統を破り取締役会の決定を覆えすような不信行為を敢えてしたことを難詰して、取締役の就任を留保する旨を発言したこと。

(ハ)  翌二五日被申請人矢島、横田、安井の三名は個別的に村山社長に会い、「社長が総会で執つた処置の不当なことを反省し、役員会が、辞任願を提出した全役員が留任出来るような収拾策を考えてくれれば、自分も協力してもよい」という趣旨を述べていること。また被申請人福田、及び取下前被申請人中川の両名は同日の取締役会の席上で、村山社長の責任を追求し、村山社長は、「辞任願は受理したのではない。単に預かり置くだけである」旨を述べて退席したこと。

(ニ)  同月二五日から同月三〇日頃まで、村山社長は、辞任願を提出した全役員に対して個別的に各人を慰留するとともに、特に同月三〇日開催された役員会に於ては、辞任願を提出した全役員に対して、「辞任を認めるか否かは、納得のゆく会社再建案を作り、取締役全員の意向をただした後でなければ決められないから、従来通り執務して欲しい」旨を述べて、全役員に会社再建案の提出を約束したこと、並びに辞任願を提出した全役員も引続き執務していたこと。

(ホ)  同月三〇、三一両日、前記慣行に従い、辞任願提出の役員慰留のための取締役会が開催され、村山、上野、益田、広岡、吉村、進藤、木村、君島、磯野、茂木、万木の一一取締役列席のうえ被申請人矢島、横田、安井の三名に対する取締役就任懇請、被申請人福田、その他辞任願を提出した役員に対する慰留など事態収拾のための方途が協議されたが、なお、協議を続行することとしたこと。

(ヘ)  同月三一日申請人村山長挙は、「社員のみなさんへ」と題する文書を社内に布告したが、その中で「二、今回多数役員の辞意表明という事態を招き社員のみなさんに御心配をかけていることは、遺憾に思います。しかし私はこの事態を前にして、社長としてこれを緊急に収拾するため全責任をとり身をもつて解決に努力しています。三、その見地からまず辞意を表明した全役員に対して社長、会長、役員一同極力慰留に努めたのでありますが、今までのところ遺憾ながら所期の目的を達成するに至つておりません。今後もなお極力慰留に努めますが、云々」と言明していること。

(ト)  昭和三九年一月二〇日の取締役会に於て、村山、上野、益田、広岡、吉村、進藤、木村、君島、磯野、茂木、万木の一一取締役列席のうえ、村山社長が矢島、横田、安井三名の取締役就任辞退を認めて一月八日発令したこと及び取締役福田、中川両名の辞任願を受理して一月八日発令したことについて承認を求める議案が上程されたが、いずれも承認しないことに決議されたこと。

(チ)  「辞任願」と題する文書が一般の辞任届と異り、表題に「願」と表示されており、内容中に「辞任致したく、御願い申し上げます」と表示されていること。

(六)  被申請人矢島、横田、安井三名に付てなされた退任登記は、三名が前記のように辞任願なる文書を会社に提出したためではなく、従来の手続上の慣例に従い重任の登記をすべきところ、就任の諾否を留保したため、一応株主総会終了の時を以て退任した趣旨の登記をしたものに過ぎない。その後三名は取締役の就任を承諾し、昭和三九年一月二五日三名について取締役就任の登記がなされたのであるから、その登記の有効なことは言うまでもない。

(七)  被申請人福田、及び右中川の両名に付てなされた辞任登記も、その登記申請書には、両名が作成したものでない「辞任届」なる文書が添付されている上、両名の辞任願の受理不受理について取締役会の決議がなされないうちに、即ち辞任の効力が発生していないのに辞任登記がなされたのであるから、会社は両名が辞任願を撤回した後にこの辞任登記を抹消し、取締役登記を復活更正したのである。従つて、辞任登記の抹消及び取締役登記の復活更正の有効なことは言うまでもない。

(八)  以上のごとく申請人等は何等被保全権利を有しないものであるが、そればかりでなく、本件仮処分申請は、仮処分の必要性という点から見ても、次に述べる通り、明らかに全く理由のないものである。

(1)  一般に、会社機関の職務執行停止仮処分に於ける「保全の必要性」は一般仮処分に於ける必要性と何等変るところはなく、当該機関の法上の地位又はその基本たる法律関係(例えば選任決議)の存否乃至効力につき紛争を生じているということだけでは、充足されるものではない。更に進んで、当該機関にその職務の執行を継続させることが、その適正を欠き、会社の業態を危殆に陥れ、企業の安全を害する具体的な虞れがある場合に限り、この必要性を認めるべきである。けだし、これらの会社機関が善良な管理者の注意を以てその職務を執行しつつある限りは、たとえその機関の地位の不存在又は無効が後に本案訴訟で確定され、これによつて会社が損害を蒙ることがあつたとしても、その額は、極めて強力なこの種仮処分によつて防止せねばならない程著大となることは有り得ないからである。

然るに、本件仮処分申請に於て、申請人両名は、右に反し、被申請人等が朝日新聞社の取締役たる地位を有しないとし、その職務の執行自体による損害が著大であるとの事由だけで、本件仮処分の必要性があると断定しているのであつて、謬論というほかはない。

(2)  被申請人等四名の取締役たる地位は申請人等の争うところであるが、朝日新聞社よりみれば、被申請人等四名が他の取締役と共に現に取締役として職務を執行していることは、同社の株主総会が本来所期したところの取締役陣をそのまま構成して職務を執行しているものに外ならない。

従つて、たとえ本件取締役の就任留保乃至辞任の撤回の効力が申請人等の争うところであるとしても、撤回の事由以外に特に被申請人等に不正な職務執行の事実がある等特段の事情のない限り、被申請人等の長年の経験・誠意による業務の執行は当然期待し得られるから、被申請人等が取締役として職務を執行することのため同社が損害を蒙る虞れは全く有り得ない。

申請人等は「これら四名が参加する取締役会の決議は無効となる虞が多分にある」と主張するが、朝日新聞社の取締役会は現在一七名の取締役を以て構成され、そのうち四名について申請人等の云うような争があつたとしても、現在の取締役会の構成からみて、全員一致、少くとも四名以外の取締役の大多数によらない取締役会の決議は稀有としか考えられないから、無効となるようなことは実際上あり得ないところである。なお、申請人等は、「またこれら非取締役が代表取締役として行う数々の行為についても法律上その効果が否認されるということになる」と云うが、たとえ万々一非取締役という申請人等の主張が認められることがあるとしても、取締役会はその決議により福田、横田を代表取締役に選任したのであるから、福田、横田等の代表取締役としての行為は、商法第二六二条の類推適用により、法律上有効であることは判例学説の認めているところである。

もし本件仮処分により被申請人等の職務の執行が停止されるときは、却つて、取締役陣の構成は破られ、同社の業務の運営上に重大な支障を生ずることは明らかであつて、ために業務の運営が著しく阻害され、それこそ同社は回復し得ない損害を蒙る虞れがあるものと云わなければならない。

これらの点からしても、本件仮処分申請は許されるべきものではない。

(3)  既に述べたような経過で、昭和三九年一月二〇日申請人村山長挙が代表取締役を退任する直前の朝日新聞社の実情は正に社運を左右するような重大危機にあつた。というのは、同社の幹部級社員の殆んど全員は少なくとも申請人両名が同社の経営・編集・人事等に介入しないような態勢にならない限り退社するとの決意を示し、また朝日新聞販売店代表者の集まりである全国朝日会代表者も同社東京本社に臨時総会を開き、申請人等が反省しない限り全国的納金拒否の決議を行なおうとしたので、村山長挙が代表取締役を退任する以外に、この緊迫した事態を収容する途はなくなつた。

ところが、同人が代表取締役を退任し、被申請人等が役員に復帰(就任諾否留保撤回・辞任願撤回)したので、同社の全従業員は安堵し四役員を含む新役員会に期待し協力することとなり、また全国販売店も新経営陣に協力する旨を誓うに至つた。

以来、社は平静を取り戻し、経営陣と全従業員は一致協力、社の進展に全力を傾倒しているのである。

従つて、もし本件仮処分申請が許されるようなことがあれば、折角平静を取戻した事態は逆転し、同社の編集・業務・印刷など全社従業員はこぞつて反対運動を起し、他方全国販売店は納金拒否を行なう虞れもあり、また今日でも数名の知名人が著名な定期刊行物などで申請人等を公然と非難しているように、全国読者の申請人等に対する反感は一属激しくなるであろう。かくては、同社の光輝ある伝統は忽ち覆えされ、同社に対する世界的信望は失墜し、激烈な業界競争から脱落することは火を見るよりも明らかである。

従つて、朝日新聞社は本件仮処分申請が許されないことを望んでおり、これが許されないことによつて会社が蒙る損害は皆無であるのに、これが許されることによつて却つて同社は回復し得ない損害を蒙ることになり、この損害こそ測り知れないものがあるのである。

この点からしても、また、本件仮処分の許るべきでない理由は明白である。

以上の理由により、本件仮処分申請は、失当として排斥されるべきである。

第六、補助参加人朝日新聞社の主張

(一)  本件において、申請人等は、被申請人横田武夫外三名が、参加会社の取締役の地位にないとして、その職務執行停止の仮処分命令を申請している。

(二)  しかして、参加会社は、被申請人横田武夫外三名が現在なお取締役たる地位にあるものと確信しているものであるが、若し仮処分命令申請が許されることになればこの命令に法律上拘束されることになる。

(三)  のみならず、被申請人横田武夫外三名は、左記のとおり、参加会社の極めて重要な職務を担当している。

横田 武夫

代表取締役(計理担当)

福田勇一郎

代表取締役(大阪本社、西部本社、名古屋本社各本務担当)

矢島八洲夫

取締役(労務、総務担当)

安井桂三郎

取締役(東京本社業務局長)

従つて、参加会社は、本件の仮処分命令申請が許されることになれば、回復し得ない損害を蒙ることになり、この損害は測り知れない。

(四)  本件仮処分の許されるためには、被保全権利の一応の存在が疎明されるほかに、本案の解決を待つていたのでは、問題の重役をしてその職務を継続して行わしめる結果、会社に著しい損害を招来するという具体的な危険、例えば当該取締役の不正行為又はその他の事情の存在の疎明が必要であり、単に役員の地位の存否に付争いのあることのみでは足りない。

(五)  仮処分の必要性の有無についての判断に当つては、申請人が当該仮処分によつて受ける利益と被申請人等(本件の場合にあつては、朝日新聞社は補助参加人になつているが実質的には被申請人の一人である)の仮処分によつて蒙る損害との比較考慮をすべきであるが、本件にあつては、申請人等は本件仮処分によつて何等の具体的利益を受けることなきに反し、朝日新聞社は回復すべからざる甚大な損害を蒙ること必定であるのみではなく、被申請人四名も又著しくその名誉、信用を失墜することは右に説いた通りであるから、この一事をもつても、本件仮処分の許すべきでないことはまことに明白といわねばならぬ。

(六)  本件仮処分申請における如く、仮処分の必要性のないことが、申請人等の主張自体でも明らかであるのみではなく、前記の通り仮処分を許容することによつて朝日新聞社に莫大の損害を与え、延いては申請人等にも却つて損害を招来すること顕著である場合にあつては、訴訟経済の見地だけから観察しても、被保全権利の存否という課題よりも、仮処分の必要性の判断を先行して、本件申請を却下することが望ましいと信ずるものである。

右の次第であるから、被申請人全員を補助するため本申立に及ぶ。

第七、被申請人等の第五の主張及び補助参加人の第六の主張に対する申請人等の認否

右各主張事実中左記の各事実のみ認め、その余はすべて否認する。

(1)  朝日新聞社定款に創始者の栄誉記念のため社主推戴の規定があること

(2)  申請人等一族が同社の株式の四〇・二%を所有すること

(3)  昭和三八年一一月二九日開催の取締役会の議事経過が第五の(三)のとおりであつたこと

(4)  同年一二月二四日の株主総会において一株主より役員選任に付ては取締役会に選考を一任との動議がなされ、出席株主の多数は之に賛成したが、他の一株主の動議によ結局投票の方法が採用されるに至つた事実

第八、証拠≪省略≫

理由

前掲事実欄中、「第三」の項の全部、及び、「第五」の項に記載の事実の内「第七」の項の(1)乃至(4)に摘記された部分はいずれも当事者間に争が無く、右「第五」の(三)の末尾に記載の昭和三八年一二月二三日の取締役会においてなされた再確認と、村山社長の了承の事実は乙第二号証により疎明せられる。従つて本件仮処分申請に付ての被保全権利の存否の問題は要するに、被申請人四名が辞任願なる書面を提出した趣旨が確定的な就任拒絶若くは辞任の意思表示と見るべきものであるか、或は、被申請人等主張の第五の(五)にいうごとき趣旨のものであるかにかかつているので、以下この点に付て判断する。

一般に右のごとき辞任願なる文書が提出された場合には、特段の事由の認むべきものがない場合には、一応之を確定的な就任拒絶若くは辞任の意思表示であると見るのが相当である。又この点に付ては申請人村山長挙本人の審尋の結果及び之を補足するため同人提出の上申書、その他甲第一一号証の一乃至五、第一二号証の一、二等申請人等に有利な疎明も存在する。

しかしながら一方乙第三乃至一四号証〈以下乙号証省略〉、並に、被申請人四名及び取下前被申請人中川英造と補助参加人代表者広岡知男各本人審尋の結果、及びこの審尋に際し引用された右六名提出にかかる各上申書を総合考察すると、次の(1)乃至(4)の各事実が疎明せられる。

(1)  被申請人等主張の第五の(五)の(イ)乃至(ト)の事実

(2)  昭和三九年一月一三日より同月二二日まで連日朝日新聞東京支店及び東京都港区麻布市兵衛町の申請人邸において臨時取締役会が開催されたが、その議題は第八九回定時株主総会で起つた混乱の事態の収拾及び同月八日村山社長が臨時の措置として行つた役員の辞表受理と之に関連する人事その他に付てであり、申請人村山長挙も同月一七日より二〇日迄は之に出席したが、結論を得るに至らない内、前掲第三の(五)のとおり申請人村山長挙が代表取締役を解任され、代表取締役会長上野精一も代表取締役を辞任するという新しい事態を生じ、その結果被申請人等及び右中川は社内の異常事態が収拾されたとして、先の辞任願を撤回し、被申請人横田武夫、矢島八洲夫、安井桂三郎は取締役に就任することを承諾した。

(3)  右第三の(五)記載の被申請人福田勇一郎、及び右中川英造の両名に付同月八日附辞任登記手続のとられた際には、右両名の先に提出した辞任願とは別に、同人等の全く関知せぬ辞任届なる書面が添付されている。

(4)  前記株主総会における村山社長のとつた措置を不満として辞任願なる文書の提出をした者は被申請人四名及び右中川英造のほかにも、取締役谷口貞固、監査役雑喉利雄、黒住征士の三名があつたが、申請人村山長挙はこの三名に付ては辞任の手続をとつていない。(この点に付同申請人本人も審尋の際、右三名の提出の事実を認め、同人等は時期が来れば自然に辞めて行く事情を考慮して無理にやめさせなくともと思つたと陳述している)。

以上に掲げたすべての状況の下において、当事者双方の疎明を比較検討してみると、たとえ右に挙げた事実のほか、村山社長が一月八日辞任発令の前に各取締役に持廻り決議の形式で捺印を求めたに対し広岡取締役以外は之に捺印した事実(申請人村山長挙の審尋による)はあつたにせよ、右捺印の一事により直ちに正規の取締役会の決議があつたと見るべきか否かにも疑問の余地が大きいので、この事実並に被申請人四名及び取下前被申請人中川英造につき一旦退任登記のなされた事実を考慮に入れても、尚且当裁判所の心証は被申請人等の辞任願なる書面提出の趣旨は同人等の主張するごとく、即時確定的に退任の効力の発生を望んだものではなく、株主総会における村山社長の行動を不満とし、同人の反省と事態の収拾を求めるため、自己の進退を取締役会の決定に任せたものであり、この事情は申請人村山長挙を含む各取締役の知るところであつたとの疎明に引かれるのであつて、結局右辞任願なる書面提出の趣旨がすべて即時確定的に辞任の効力を生ずる性質のものであつたに拘らず代表取締役の更迭の機に被申請人等四名が無法にも復帰の工作をしたものであるとの申請人等主張事実の疎明は不十分であると謂うほかは無い。

してみると本件仮処分申請に付ては被保全権利の疎明が足りないのであるから、仮処分の必要性に関する争点に付て考察を加えるまでもなく、本申請を失当として却下すべきものと認め、申請費用の負担に付民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。(裁判長裁判官沢井種雄 裁判官道下徹 藤木清)

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